MENU

鎮守の森<宮脇昭>

■新潮文庫 20210515
 その土地の潜在自然植生の森であれば、阪神大震災や酒田の大火でも焼けず、セイタカアワダチソウのような外来種の侵入を許さず、アメリカシロヒトリなどの害虫にもやられない。
 山のてっぺんや急斜面、尾根筋、水源地、海に突き出した岬、内湾などの深い森には寺や神社、祠やお地蔵さんがある。宗教的なたたり意識をうまく使って、土地本来の自然を残してきた。それが鎮守の森だった。
 その土地の潜在自然植生を調べ、森づくりを進めてきた筆者は、なんでも細分化する科学では森の秘密は解けないと感じている。鎮守の森が秘める奥深い多様な機能を、個別の効用だけでなく、そのすべてを包含する偉大な母なる大地という形で見なおすべきであり、「この宇宙、自然界、生命、生物社会は、ひとつの造物主によってつくられているのではないかとさえ思えてくる」と記す。科学の振りかざす「分別知」を否定し「神」を説いた自然農法家の福岡正信さんに似ている。
 生態系の研究をきわめていくと、哲学や宗教と近づいて行くのだ。それが最後の曹洞宗の貫首との対談にあらわれる。
 寺は住職がいなくなるとすぐに荒れてしまうが、お宮さんの大半は神職がいないのにめったに廃墟にならない。それは、主木が立派な活気のある森が「社」として機能しているからだという。逆に森がすたれれば日本人の宗教心も廃れることになる。
 熊野古道を歩くと、鎮守の森の立派さに対して、社殿は得てしてしょぼい。社殿がない社も多い。それが日本本来の宗教と自然のあり方なのだ。
  終戦直後、多くのキリスト教宣教師が来日したが、信仰が広がらなかったのは日本人の宗教的情操までは破壊されていなかったからだという。でも、和歌山県の龍神村では、ほぼ全住民がカトリックに改宗した集落があった。廃仏毀釈や神社合祀によって信心の拠点が失われていたからそうなったのだろう。

====================
▽16 阪神大震災でも、常緑広葉樹の生い茂る崖は落ちなかった。火災も起きなかった。酒田市の大火でも、本間家という旧家の2本のタブノキが、火を止めた。
▽41 マツクイムシ、マツ林の山火事。……現在のマツ林は土地本来の自生地の250倍以上に増えていることがわかった。マツノザイセンチュウなどの被害は、生態系のバランスを取るための自然の揺りもどしとすらいえる。
▽55 針葉樹は地上部を伐採すると、根まで枯死してしまうが、広葉樹はよほど老木にならないかぎり再生能力が強い.切り株から萌芽して、農家はこの芽生えを1株に2,3本残して切って燃料などに使った。このように再生可能な樹林として共生してきたのが、里山の雑木林。(紀州のウバメガシ)
▽64 その土地の、潜在自然植生、土地本来のふるさとの木によるふるさとの森。
 ……人間の干渉に弱い自然とは、山のてっぺん、急斜面、海に突き出した岬、水際等。そうした厳しい自然を象徴している場所に祠をつくり、宗教的なタタリ意識をうまく使って、土地本来の自然を残してきたのではないか。
▽69 ……関東地方以南では、海岸沿いはタブノキが主木である。浜離宮、芝離宮のタブノキの森.
……残された土地本来の森の拠点には、大きな神社、寺院、地蔵、目立たない祠など、必ず宗教的なひとつの印がある。日本の自然と共生してきた鎮守の森であることがわかる。
▽86 土地に合わないニセアカシアなどの外来種。その子分の下草はいつまでたってもセイタカアワダチソウやブタクサ。……大事なことは、土地の素肌、素顔に応じた本物の樹種で緑環境の再生をはかること。
▽99 新日鉄の森づくり、イオンも。
▽125 工学部の高名な先生 宮脇さんの生態学は日本の宗教と同根ではないか。……自然科学者は一部を除いてあまりにも宗教に対してうとい。
▽126 生命、生物、生物社会のからくりは、あまりにもうまくできすぎている……この宇宙、自然界、生命、生物社会は、ひとつのクリエーター、造物主によってつくられているのではないかとさえ思えてくる〓.
 太古から、深い森、老大木、森を支える山や深い谷に対して、われわれは本能的に畏れをいだく。(くすのき〓)
 日本人の祖先は、自然、とくに老大木に対する畏敬の念を、実にうまく使ってきた。尾根筋や急斜面、水源地、岩場や海沿いにつきだした岬、内湾などの深い森に寺や神社をつくり、祠や地蔵さんを建てて、土地本来の森を残し、木も守ってきた。
(〓くすのき)
▽131 我々は見えるものだけを見て進歩していると思ってきた生き方から、見えないものを見る努力をすべきなのではないか。(福岡さんの分別知批判〓)
▽132 鎮守の森が秘めている奥深い、現代の科学、技術、医学、宗教を通しても、まだすべてが解明しきれない多様な機能を、もう一度見なおすべきではないか.……個別の効用だけでなく、そのすべてを包含している偉大な母なる大地、その濃縮された形が、鎮守の森に象徴されるふるさとの木によるふるさとの森ではないか。
▽対談 板橋興宗・曹洞宗総持寺大貫首
▽140 板橋:先生にお会いする前、境内にアテという木を植えようと思っていたことがあった。……明治31年に能登の総持寺は焼失。当時の貫首が「永平寺と総持寺の両方が北陸の辺鄙なところにあっては、宗門の発展のためによくない」と、横浜市鶴見区に移転した。
▽宮脇: 植生を調査して、森の主役となる木やそれを支える脇役の木を見つけだす。
▽板橋:明治神宮を造営した際、当時の政府はマツやスギを植林の中心に考えていたが、植物学者が反対した。……要所要所にいずれは主木になるだろうという木をちゃんと植えた。
……(明治神宮)あれは要するに、森があるから行くのでしょう。神々しいまでに深閑とした浄域ですね。
……寺で住職がいなくなるとすぐにすたれてしまう。何年か経つとあばら屋になる。お宮さんはちがう。神職がいないところは本当に多い。兼務で30社もっているなんてざら。お宮さんがつぶれて廃墟になっているのを見たことありますか?〓〓
宮脇:管理する人がいないはずなのに、意外に手入れが行き届いている。
板橋:九頭竜ダムで埋没した和泉村。氏神だけが残り、年に一度は村人がそこに集まって、お祭りみたいなことをやっている。
……心のよりどころである氏神の森を「社」と形容して、そこには神が宿っているという。明治以降の神道ではなく、古代からつづくカミへの信仰ですな。
▽151 板橋:森の主木が高くて立派になると、森全体に活気が出てくる。主木がしっかりしているお宮さんやお寺さんは、森全体が「社」をなしていて栄えるはずですよ。逆に言うと、森がすたれれば日本人の宗教心も廃れることになる。
▽154 宮脇:荒れ地では一気に増えるセイタカアワダチソウも、鎮守の森には侵入できない。ブタクサやニセアカシアも同じ。アメリカシロヒトリの幼虫も、せいぜい人間が植えたクワやサクラ、ポプラぐらいまでで、鎮守の森には歯が立たなかった。
▽155 板橋:終戦直後、キリスト教宣教師がたくさんきたが、宗旨替えはそれほど起きなかった。日本人の宗教的情操までは破壊されていなかったからでしょう。(寺がなくなった龍神村ではキリスト教のムラができた〓)
▽164 八百万の神とか、神も仏もごちゃ混ぜにしたような何かわけのわからん東洋の宗教が、自然とともに発展し、鎮守の森のような自然を育んできたのです。
▽168 「見てごらんなさい。ここにちゃんと森が残っていますね。必ずそこには祠やお地蔵さんがある。この小さなお社や、半分欠けたような石像がこれだけ森を残しているのに、あんたにできないはずがないじゃないか」

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次