■みずのわ出版 20210203 瀬戸内の周防大島でみかん農家を営みながらひとりで出版社を営む友人の久々の著書。
671ページという辞書のような厚みに圧倒されて、なかなか手に取れなかったが、ここ数日で一気に目を通した。
2017年から3年間の日記を中心に、民俗学や出版業界、農業についてのエッセーを織り交ぜる。都会で新聞社につとめ出版社を営んできたから、島の魅力と閉鎖性、都会のもろさを客観的に描き出せる。ブタクサが茂り、みかんが二束三文で買いたたかれる現状を赤裸々に描き、「農ある生活」を夢見る僕のような都会人を言外に突き放す。
これは現在進行形の民俗誌だ。一般の郷土史は干物のような古くささがあるが、この本は「今の生活」を通して郷土の歩みを描いている。
魚や海藻、野菜の料理のモノクロ写真は、失われつつある食文化のみずみずしい魅力を伝える。メバルやイワシなどの調理法は祖父母から受け継いだものなのだろう。干した唐辛子を種子ごとミキサーで砕きミルですりつぶせば抜群の風味の一味とうがらしになるという。島の茶がゆが対馬にまで伝わっているとは初耳だった。
息子の写真もかわいい。日々育つ姿をたどると「這えば立て 立てば歩めの親心 わが身に積もる老いも忘れて 」という小林一茶の句を思い出す。この本はたぶん、10年20年後の息子に「生きる力」を伝える手紙でもあるのだろう。
高度経済成長以来の半世紀で失われたものも浮き彫りにする。かつては海藻を肥料にしていたが、化学肥料が当たり前になって、老人でさえ海藻を活用した経験がない。海藻の塩分をどうするのか、どの程度の割合で漉き込むのか……具体的な知識が失われている。
僕の妻もちょっとだけ登場する。2018年9月30日は終日台風が吹きあれた。天候や気温の記述があの日を思い出させる。人間の死の記録もまた民俗誌の大事なひとこまなんだな。
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