■里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く<藻谷浩介 NHK広島取材班> 角川 20131103
経済成長ばかりを求めるのではなく、エネルギーや食料をできるだけ自給し、近所におすそわけする。経済指標にはあらわれないが、外部の資本にカネが流れることなく、地域で循環する。
そんな「里山資本主義」を提唱する。
その視点から見ると、遅れていると思わされてきた田舎のほうが、むしろ先頭を走っている--。総論は、地方で活動していると当たり前になりつつある認識だ。
「マネー資本主義」が猛威をふるう都市部や、ロシア、韓国などでは出生率が下がり、「里山資本主義」が息づく福井や沖縄などの田舎の方が出生率が高いという指摘はおもしろい。
岡山県真庭市の銘建工業は、製材の過程で出る木屑で発電することで、年間4億円のプラスになっている。真庭市役所は、ペレットで冷房もまかなう。農家にとっても、燃料代が上下しないペレットボイラーはありがたいという。
ただ、ペレット発電は、新たに木を砕いて木くずにしてからペレットを製造していては採算が取れない。真庭では林業の規模が大きく、大量の製材くずが出るから成り立つのだ。
さらに、日常生活で利用するエネルギーの大半は熱利用が占めているから、熱の形で活用できればさらにエネルギー自給率は上げられる。島根大の研究者がそういうことを言っていた。
オーストリアは、バイオマスの先進地だ。森林面積は日本の15パーセントだが、日本より多くの丸太を生産している。ギュッシングという田舎町は発電の際に出る排熱を利用する「地域暖房」を整備し、エネルギー自給率は7割を超えた。安価で安定した熱や電気を求めてヨーロッパ中から企業がやってきた。
関連の技術革新も進んでいる。30年前の薪ストーブの燃焼効率は60パーセント程度だったが、今では92〜93パーセントになった。木造の高層建築を可能にする技術もオーストリアの田舎で生まれ、ヨーロッパ各地に伝播している。
「里山資本主義」は、少ないカネで水と食料と燃料が手に入る安全安心のネットワークを、あらかじめ用意しておこうという実践だ。東北の被災地でも、ガス発電システムやソーラーシステムが役立ち、平時には非効率なバックアップシステムがみごとに機能していた。
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▽12 年金の仕組みは、企業や国の経済が成長をしているあいだはよい。だが前提となる「成長」が止まったらどうなるか。
うそで固められた高利回りの金融商品に、世界中の年金マネーが殺到する事態に。
リーマンショック後、国が財政出動で借金を肩代わり。それによって「弱ってしまった国」が今度はマネーの猛獣の餌食になった。それが、ユーロ危機の本質である。(なるほど〓金融工学の問題があったのか)
▽16 藻谷の「デフレの正体」
▽27 岡山県真庭市 銘建工業の中島浩一郎社長。西日本で最大規模の製材業者の一つ。1997年に木質バイオマスの発電施設をつくった。製材の過程で出る木くずを使う。
工場で使用する電気のほぼ100パーセントをバイオマス発電でまかなっている。夜間の余った電気は電力会社に売る。年間で1億5000万円のプラスに。木くずの処理費を含めると、年間4億円のプラスになっている。
…木材は、石油や石炭で発電するのに比べてずっと炉にやさしい。長持ちする。
▽34 ペレットを1キロ20円ちょっとで販売。顧客は全国に。真庭市役所では、ペレットで暖房だけでなく冷房も。吸収式冷凍機。真庭市も支援。
▽36 農家もペレットボイラーを導入。重油とちがって燃料代が上下しない。
実は日常生活で利用するエネルギーの大半は熱利用が占めている(わざわざ電気にする必要がない〓島根の先生の主張)動力や照明など、主に電気でまかなえるものは34.8パーセント。暖房26.8・給湯27.7・厨房7.8・冷房2.9と、熱利用がほとんどを占める。
▽40 たたら製鉄を中心として中国山地が里山化した歩みは、有岡利幸氏の「里山Ⅰ」にくわしい。たたら1カ所で1年間に消費する木炭は450−750トン。およそ40ヘクタールの山林を必要とした。
「江戸時代後期あたりから明治・大正期にかけて、出雲国南部地域では全域がたたらの里山化されたと表現してもさしつかえないような状況となっていた」
▽45 1キロワット3円だった買い取り価格は、原発事故後の2011年に成立した再生可能エネルギー特別措置法により跳ね上がった。製材の端材による発電であれば25.2円。間伐材であれば33.6円。
▽46 和田芳治さん 裏山1ヘクタールを9万円で買い取った。エコストーブ。木の枝4,5本あれば、2人1日分のご飯が20分で炊ける。スタンドでもらうペール缶、ステンレスの煙突、断熱材の土壌改良材で5,6000円でできる。1時間あれば完成する。
もとは1980年代にアメリカで発明された「ロケットストーブ」。それを小型化した。
▽60 「エコストーブ講習会」を各地で開いている。その高性能と、炊いたご飯のおいしさに二度びっくりする。
▽65 オーストリア失業率はEU加盟国中最低の4.2パーセント。一人あたりのGDPは世界11位(日本は17位)。
国土は北海道ぐらい。森林面積は日本の15パーセントだが、日本の1年間に生産する量より多少多いぐらいの丸太を生産。
山から木を切り倒すところから、加工、バイオマス利用まで手がける製材所。
▽73 30年前に製造していた薪ストーブの燃焼効率は60パーセント程度だったが、今では92〜93パーセント(身近な技術革新〓)
▽74 10年前、石油ボイラーばかりでペレットボイラーはほとんど販売されていなかった。今は石油ボイラーの3分の1ぐらいに。
▽82 オーストリアでも20〜30年前までは、林業はきついのにカネにならないと認識されていたらしい。それが大きく改善。作業環境が安全に。
▽86 最近は、他の樹木より成長がはやいポプラを育成。エネルギー用の木材として。
▽90 チュルノブイリ事故がひとつのきっかけ。もうひとつは、ロシアの脅しで、外からのエネルギー供給に対して強い警戒心をもっていたから。
▽92 ギュッシングの「地域暖房」。発電の際に出る排熱を利用するコジョネレーションシステム。この町はエネルギー自給率72パーセントに。
▽94 (里山資本主義としてのオーストリア)
▽97 農業以外めぼしい産業がなかったギュッシングに、安価で安定した熱や電気を求めてヨーロッパ中から企業がやってきた。
…かつてはヨーロッパ一貧しかった町なのに。
▽105 中島さん。クロス・ラミネイテッド・ティンバーCLTで木造の高層建築が可能に。オーストリアの田舎で生まれた技術は、ヨーロッパ各地に伝播し、ロンドンには9階建てのビルも登場。
「石造りの家に比べても熱を逃さないので、冷暖房費も安くすむんです」
日本は法規制が厳しい。中島さんは2012年1月、鹿児島と鳥取の製材会社と連携して「日本CLT協会」を設立。
▽121 「里山資本主義」 お金が乏しくなっても水と食料と燃料が手に入り続ける仕組み、いわば安全安心のネットワークを、あらかじめ用意しておこうという実践。
▽123 中国山地は、前近代には産業の中枢的な機能の一つを担っていた。中国山地は、ほかに比べれば、まだしも棚田を造れる緩傾斜地が多い。無数の谷ごとに少数の人びとが住み着いていたが、やがて、たたら製鉄という大口顧客に向け、目の前にある里山の雑木を切って大量の木炭を焼くようになった。…高度成長期以降に石油とガスと電気製品が普及するまでの里山は、現金収入を生む宝の山だったのだ。
だから中国山地は、他に比べて多くの人口を養うことができていた。
しかし木炭という現金収入の道を絶ってしまうと、平地に乏しく大規模農業に向いていない場所だけに、人口は雪崩を打って山陽筋の工業都市へと流れた。
中国山地の里山も炭鉱町と同じく、中東産の石油に負けた「産炭地」だったのだ。
▽127 高速道路だの誘致工場だのが機能しないことを、全国に先んじて思い知らされずにすまなかったからこそ、里山資本主義が21世紀の活路であることに気づく人びとが最初に登場しはじめたのだ。
▽129 地元でとれた半端物の野菜を老人向け福祉施設の食材として有効活用する取り組み。地域外の大産地からの食材を使っていたら、地域レベルでみれば外へお金が出ていくだけの話だ。
▽131 ペレット発電 製材くずの再利用としては十分採算に乗るものだが、新たに木を砕いて木くずにしてからペレットを製造するというコストまではまかなえないということだ。…真庭にならってペレット発電に取り組む地域は全国に幾つかあるが、多くは補助金頼みで、自立した経済システムとしては仕上がっていあに。
真庭のすごさは、地域のエネルギーのかなりの部分をまかなうことのできる量の製剤くずが出るというところにある。
▽133 「のがれの町」を名乗って都会人の移住を促進する鳥取県智頭町。島根県大田市大森地区。全国相手に通販をおこなる書店が東京から移転してきた島根県川本町。
▽136 石造りの町というイメージの強いウィーンも、昔は木造建築が主流の町だったそうだ。産業革命以降木を切りすぎて、木材がなくなったので石造りの町並みと移行してきた。…最近は9階建て木造マンションまでできているらしい。
▽145 (震災)北関東以北の被災地にあっても、ガス発電システムやソーラーシステムを自宅に取り付けていた家にだけは灯りがともっていた。規模の利益に背を向けた、平時に非効率なバックアップシステムがみごとに機能した。
▽147 和田さん 田畑も通販も…いろいろな仕事をこなす。実は一人多役が効率的。コンビニでも同様。
リカード的分業は、守備範囲に重複がなく空白部分もできない、という条件が整った場合には有効なのだが、実際の仕事はなかなかそう簡単には割り切れない。(からり〓専業よりも兼業)
▽156 国は1961年、「農業基本法」を策定。みかんを「選択的拡大」の対象に指定し、大規模化を推奨した。周防大島で長くつづいていた、少量多品種による自給自足的な農業を破壊し、だれもがミカンを栽培するようになった。だが、自由化…日本で最も高齢化率が高い自治体の一つに。Iターン「瀬戸内ジャムガーデン」。柑橘農家との会話のなかから、新しいジャムのアイデアを得た。たとえば青みかんジャム。…手作りにこだわる。地元雇用につながる。
▽167 横溝正史の「獄門島」のモデル、と紹介するのは岡山県笠岡諸島にある六島。
▽171 52パーセント 発売から2年以内に消えるヒット商品の割合。1990年代までは8パーセントだったという。
1.5年 新しく発売された商品が利益を得られる期間。1970年代までは、開発後、25年ぐらいはもったという。開発者として1つのヒット商品を生みだせば定年まで食べていくことができた。
▽175 高知や奈良などが貧しいのは、働いてもお金が地域の外に出て行ってしまうから。
真庭モデルが高知の大豊町でも。
2013年4月、ここに大規模な製材所が建設された。高知県全体の木材生産量40万立方メートルの4分の1にもなる規模。地元から55人を採用する予定。
▽185 耕作放棄地 中国地方はとくに多い。広島は全国4位、島根は9位。5割以上放棄されている市町村も。瀬戸内の島ではとくに顕著で、江田島市83パーセント、上関87パーセント、周防大島52パーセント。
▽187 食糧自給率は39パーセント、昭和40年は70パーセント以上あった。
畜産物は、完全に自給できているのは16パーセントで、輸入飼料による生産分が48パーセント。
▽188 邑南町の州浜正明さん 耕作放棄地に牛を放牧。草だけ食べているが、その種類が多い。だから濃厚な牛乳ができる。市販の5倍で売る牛乳。「日によってちがう牛乳の味を楽しんでください」
▽192 邑南町 観光協会直営のイタリアンレストラン。「耕すシェフ」。発案したのは商工観光課の寺本英仁さん。レストランに年間1万7000人、1日平均50人が来る。
…どうぞ自由に使ってくださいという場所が、その辺にごろごろある。しかも、長年放置して農薬も化学肥料も入れていない土地は、有機農業をはじめるのに絶好の条件となる。
▽196 鳥取県八頭町 耕作放棄地の田を池にしてホンモロコを養殖。今では51人が育てる。京都にもっていくと高く売れる。
▽207 空き家ばかりの広島県庄原市。熊原保さんの福祉の実験。和田さんの近所に住み「過疎を逆手にとる会」のメンバー。年寄りがつくる「くさらせている野菜」を活用。
デイサービスに通うお年寄りは、家では毎日畑に出て野菜を育てている。それが海女って腐らせているというのだ。
▽212 …施設の調理場の野菜は県外産ばかりだった。…お年寄りのつくる野菜を施設でいかせばいいのではないか、と。
…近所づきあいが盛んで、始終交換していたが、多くの家が空き家になっていた。
…野菜の対価として、地域の中で使える「通貨」をつくろうと考えた。「きょうは新鮮なので、中央卸売市場の価格で買い取らせていただきます」…市場価格の半額の値段に落ち着いた。
▽219 楽しくランチする場所がない、という苦労。廃業したレストランを買い取って改装して復活させた。
▽223 西山昭憲さん「エコストーブ」を改良し、今の形を完成させた。
▽227 「手間返し」「なにかしてもらったら、今度はどうやって返してやろうかと。それを考え、悩むのがまた楽しいんですね」(めんどう、と思ってしまうのが町の人)
▽241 「発電量の変動に対応し安定させる技術こそ、今日本が世界の先頭を走っている得意の技術。計画停電で大混乱を引き起こしたのは、技術がないからではなく、電力会社が技術の使い方を学んでいなかったからだ」
▽256 国債に流れていた資金が株に流れれば、異常にふくれあがった国債の新規の消化には困難が出てくる。まだその兆しがないのは、欧州の経済が絶不調で、投機筋の資金が相対的に状況がましな日本に向いているという理由が大きいだろう。
▽263 震災1年後の2012年3月の輸出も減らなかった。円高が原因で値上がりしても買わざるを得ないほど非価格競争力のあるものを輸出してきたからでもあるが、もともと相手国内がインフレなので、同程度の日本製品の値上がりは当然ということもある。2012年7月から輸出は急減するが、これは円高のせいではなく、尖閣問題を契機にした対中国の輸出減少によるもの。円安だから輸出が増えるのではなく、政治的な理由で輸出が減ってきたから円安になったのだ。
▽265 むしろ円安になり1ドル100円を超えてしまうと、化石燃料輸入額が増えて経常収支赤字に転落する可能性もある。
国際競争力は落ちていないが、国内市場がガタガタというのが日本経済の実態。
▽269 リフレ論の信者は「市場経済は政府当局が自在にコントロールできる」という確信をもっている。昔ならマルクス経済学に流れたような思考回路の人間(少数の変数で複雑な現実を説明でき、コントロールできると信じる世間知らずのタイプ)が、旧ソ連の凋落以降、近代経済学に流れているということかもしれない。「近代経済学のマルクス経済学化」
▽270 「成長戦略」 要するに「企業による飽和市場からの撤退と、新市場の開拓」がデフレ脱却をもたらす唯一の道。
▽278 インフレ誘導するなら国内で国債を消化するためにも金利を上げねばならないだろう。だが発行金利を上げれば、すでに発行されている国債の流通利回りも上がる。そうなると、売買価格が下がることで金利水準が上がるという調整がおこなわれる。つまり発行済み国際をもっている、年金基金や生命保険会社、金融基金が打撃を受ける。
「インフレになれば借金が目減りする」という俗説はまちがい。国債金利も上昇するから、政府の税収は多くが利払いに消えることに。
▽283 里山資本主義 身近にあるものから水と食料と燃料の相当部分をまかなえているという安心感。
▽285 少子化 首都圏と京阪神、北海道の出生率が低い。沖縄や、福岡以外の九州、島根・鳥取・福井・山形などの県は高い。子育てに向いた地域は、日本海側や南九州、沖縄など、マネー資本主義のなかでは相対的に取り残されてきた場所であり、そこにはまだ緑と食料と水と土地と人の絆が相対的に多く残っている。同じ県内でも、山間地や離島になるほど出生率は高い。
▽288 韓国も台湾もシンガポールも日本より出生率が低い。中国でも、沿海部の出生率は東京より低くなっている可能性がある。上海が0.7と聞いたことがあるが、これは3世代で人口が8分の1に縮小してしまうという水準だ。ロシアや東欧でも、マネー資本主義の暴風にさらされたソ連崩壊以降、著しい出生率の低下が報告されている。
▽293 日本の高齢化率23パーセントは、米国の2倍程度だが、国民一人あたりの医療費はアメリカの方が高い。…沖縄は、米国流の食生活が浸透し、鉄道が再建されないまま車社会になってしまったため歩く習慣が失われ、健康寿命も落ちてしまっている。
長野県は男性の平均寿命が一番長く、高齢者1人あたりの医療費も最低水準。
▽298 里山資本主義の普及 人口は8000万人まで減っているかもしれないし、GDPは下げているかもしれないが…明るい光が差しているだろう。食糧自給率も100パーセントということもありうる。
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