8月 012006
 

威圧感たっぷりなのだ
 父の体調が悪い。
 7月はじめから発熱。いったんおさまったが、 誤えん性肺炎の疑い。
「肺炎を悪くするのをわかっていながら、 これ以上口から食事を摂らせることはできない」と施設に言われる。
 医師3名、看護士3名、施設職員2名がずらりとならんで、私ら家族2人と話し合うことに。
胃に穴をあける「胃ろう」をすすめられる。これだけの人数を集めないとたった2人の家族を説得できないのか。

 以前、W病院で検査を受けた際、万一の時の責任の所在について耳打ちしてきた男の医師も同席している。
 しらじらしく、さも深刻そうな表情をつくって、
「あのときは本当は入院すべきだったのに」
 と関係のないところで発言して、自分の存在感を誇示しようとする。
 いるよ、あんたみたいなヤツ。
 本人はまだ口から食べる意欲もあるんだから、なんとかこのまま補助栄養などで補えないか、という希望を伝えたが、
「悪くなるのを放っておけない」
「職員の立場を守りたい」
 そりゃわかるけど、「職員の立場」ってなによ。 そっちだって商売でやってるのだから、命に責任を持ってもらうのは当然やん。
 若い看護婦までしたり顔で胃ろうをすすめるものだから、 私はとうとう、
「生涯、口から食べられなくなることを、 自分に置き換えて考えてみてください」
 と怒ってしまった。
 点滴よりは負担が軽いというが、胃ろうに変わる他の方法はないのだろうか。
なにかしてくれ、と言ってるのではない。なにもしないでくれることのほうが難しい。
 医療相談員のアーリーにメールで相談する。
 「胃ろうは在宅介護では一般的で他の方法より負担は軽い」とのこと。そーかー。
じゃあグループホームをやってるEさんならどう考えるだろう。電話をかけてみる。
「口から食べられなくなったときが その命のおわるとき」という個人的な意見をいただき、
「とにかく、お父さんの様子を見に、 たくさん行ってあげたら」となぐさめてもらう。
 3日間の仕事の休みを利用し、施設に通う。
 手術の前に、ひと口でも多く口から食べさせてあげたい。そう思ったが、やはりむせる。
介助する方としても、こんなにもエネルギーがいるものか、 とあきらめたくなってしまう。
 持参した好物のうなぎもほとんど手つかず。半分くらい食べたら、「痛い、痛い」と声をだし横になりたがる。
 疲れる。気が重い。 胃ろうは仕方ないかもしれない。
 Eさんの言うとおり、毎日通って父の様子をよく観察してみたら、否定的だった胃ろうに対し、仕方ないかも、と、受け入れる気持ちになってきた。
施設も私も十分やってきたのではないかと思えてきた。(つづく)

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