200709
医療費を払えなくて、自分で自分の傷をぬうというショッキングな場面から入る。中指と薬指を切り落としてしまったけど、縫合するには1本あたり120万円かかる。だから薬指をえらんで中指をあきらめた男がでてくる。
保険に入っていても安心ではない。その治療はexperimentalだからダメ、とか有効性が認められないとか、次々に理由をつけて支払いを拒絶される。外国で受診して認められた病名も「ちがう」と拒絶される。「既往症があったから」という理由で拒否する。たいした病気じゃなくてもだ。保険会社の医者は、deny する割合が多いほどサラリーがあがるという仕組みになっている。
どれもこれも国民皆保険という制度がないがゆえの悲劇だ。
クリントン政権下、ヒラリーは一度「国民皆保険」をぶちあげた。すさまじい反発がおきた。自由な診療ができない。医者を選べない。受診するのに何日も待たなければならなくなる。共産主義だ……。国家や公共団体が一定のコントロールをすることはイコール共産主義とされ、つぶされてしまった。
その後ブッシュ政権は、製薬業者の意をくんだ法案をとおし、医療費がまたまた急上昇することになる。そのときの政治家たちの宣伝文句は「私は母を愛している。母のために……」。政治家の多くが業者から献金をうけていることを暴露し、ヒラリーまでもが医療関連から巨額の献金をうけることになってしまった……という絶望的・喜劇的状況をしめす。二大政党制のなせるわざでもある。
一方、隣のカナダでは、医療はすべて無料。保守党でさえもそれを支持する。カナダ人の老人はアメリカにくるときはたった1日でも保険をかけなければ安心できないという。実際、ゴルフ中に腕の筋を切ってしまった男性は100万円以上という法外な額をしめされ、急いでカナダに帰り、無料で治療した。
そんな状況だから、カナダ人の知人と結婚したことにして、医者にかかるためにカナダにいくアメリカ人が後を絶たないという。
イギリスのNHSももちろん無料だ。それどころか一定の収入以下の人は、交通費の払い戻しも受けられる。フランスは学校も無料。受診で3ヶ月休んでもサラリーが100パーセント保障される。年休は最低でも5週間……。
貧しくつらい状況に追いこまれると、あきらめてしまう。それを権力者はねらう。フランスではそれだけ恵まれていてもたえずデモがおきる。恵まれているからこそ声もあげられる。あげる気力もでてくる。
国ごとの悲しくなるような格差がこれでもかこれでもか、としめされる。
日本はまさに、アメリカ型をおっている。すべてを民間にまかせ、病院は重症患者をおいだし、貧しい人はあきらめる社会を。
9.11でみなが連帯感をかんじた。みながボランティアで救出活動にたずさわった。あれから5年、救出活動にあたった「英雄」たちはどうあつかわれているのか。作業のせいで肺をやられ、呼吸が苦しくて仕事ができなくなった人は生活苦にあえぐ。ボランティア向けの募金があつまったはずなのに、ハードルが高く、何度も断られる。1つ120ドルもする薬は高くて買えない。
日本でも、震災のときは連帯感がみなぎり、助け合い活動が広まったが、復興がすすむにつれて消えていった。政府は「私有財産の形成になるから」と家屋再建に補助しようとしなかった。「共産主義ではないから」という論理だ。それがさらに極端な形になったのがアメリカなのだ。
傷つき苦しむ「英雄たち」をムーアはキューバにつれていく。
アメリカで唯一無料の医療が保障されているところ、として、キューバにあるグアンタナモ基地をあげる。ここに収容されたテロリストたちは医療は無料だ。ここにつれていって、せめてテロリストと同じ程度の医療をうけさせてくれ、と。
けっきょくグアンタナモには入れなかったが、「恐怖の共産主義国家」キューバの病院で受診することに。アメリカで120ドルといわれた薬は5円。それをきいて「そんなアホな」と涙する。
独特の毒のあるユーモアをまぜながら、アメリカの格差を告発する。
国民皆保険さえも「共産主義」とされるアメリカ。医療が無料というだけで驚いてしまうアメリカの現状。その驚きは日本にはない。そういう意味で、共産主義への嫌悪や描写は、戯画的でわざとらしい。逆にそんな非常識な戯画的な現状にアメリカがおかれているということなのだ。
日本をそんな国にしようというのがまさに竹中平蔵らのねらいだ。アメリカってそんなすばらしいの? そういうメッセージをなげかける意味は日本にとっても大きい。
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