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日本のいちばん長い日<岡本喜八監督>

■日本のいちばん長い日20201223
 昭和20年7月26日にポツダム宣言が突きつけれたとき、当初は「静観」と発表した。新聞は「笑止」であると軽く扱った。その後、宣言を「重要視しない」と言ったら世界では「拒絶」と報道された。その結果、広島に原爆が落とされ、8月8日にはソ連が参戦した。
 8月9日の戦争指導会議は陸軍が「本土決戦」を叫んで紛糾する。その日、長崎に原爆が落とされる。鈴木貫太郎首相は「受諾しなければ、ソ連は北海道も占領する」と危惧した。8月14日の御前会議で昭和天皇が「私自身はいかようになろうとも国民にこれ以上苦痛を与えることは忍びない」と述べて降伏が決まり、玉音放送を録音した。
 ところが、近衛師団の若手将校たちは宮城を占拠し、師団長を殺害し、玉音放送の録音を奪おうとする。横浜からの一団は首相官邸を襲い、私邸を放火する。
 天皇に忠実なはずの軍隊が、「陛下はだまされている」と、天皇の言葉にさえ背く。
 明治の元勲は、天皇という表の権威(顕教)をタテマエとして利用し、欧米とわたりあえる科学的なリーダーを養成し近代化をはかるつもり(密教)だった。
 だが、皇民化教育を徹底することで、いつしか顕教(天皇教)が国民を覆い、「近代化」への意志を屈服させてしまった。
 そんなおそろしさをうまく表現している。
 鈴木首相を演じた笠智衆、阿南・陸軍大臣を演じた三船敏郎の演技はさすがだった。

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