■ナナロク社 20190304
詩集か画集のような、小さくて美しい本。若松英輔の悲しみを巡る思いを色や形にしたらこんな本になるのだろう。
人を愛することは、悲しみを育むことになる。愛せば愛するほど、喪った時に訪れる悲しみも深くなるからだ。
それでも「愛し、そして喪ったということは、いちども愛したことがないよりも、よいことなのだ」(テニスン)、「悲しみのなかにそのパンを食したることなき人は、真夜中を泣きつつ過ごし、早く朝になれと待ちわびたることなき人は、ああ汝天界の神々よ、この人はいまだ汝を知らざるなり」(ゲーテ)と言う。河合隼雄は、「かなしみ」は、それまで感じられなかった喜びや愉しみを見だすためのかけがえのない契機になると言う。愛する人を喪って孤独と悲しみに震えることは、ネガティブなことではない。悲しみや孤独は、他者とふれあう場所へと私たちを導き、生きる力をもたらし、真の人生に目覚めさせるのだという。
大事な人を喪ったとき、世界は色を失ってしまう。色が識別できないのではなく、灰色のスクリーンを通すかのように、記憶のなかの世界の色が消えるのだ。自分が陥った色のない世界を僕はマイナスのイメージでとらえていたが、若松によれば、必ずしも悪いことではないらしい。
たとえば古今和歌集の「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」という句は、花も紅葉もないと詠んでいるのに、読む側の心に花も紅葉も鮮やかに浮かび上がる。たしかに、ウグイスの鮮やかな黄緑の羽を見たときや、ピンクの梅花を見たときに心臓がゆさぶられるように感じたのは、ふだん色彩を感じていなかったからだろう。
それは、生きている希望なんかない!と叫んだ瞬間、かえって生の意味を、はっきり感じるのに似ているという。意識では絶望を感じ暗闇だと思っていても「無心」は、わずかに差し込む光を見逃さない、と。暗闇は、光が失われた状態ではなく、微細な光をも捉える眼を養うための準備なのだという。
筆者自身も悲しみのなかに大きな歓びを見る経験をした。2010年に妻を亡くし、悲嘆にくれていた。耐えがたい別離の出来事を書けという心の奥の言葉に促されてつづった時、亡妻は悲しみのなかに生きていると実感し、歓びと悲しみは、同じ心情の二つの顔であると知ったという。
「願う」とは自らが欲することを何者かに訴えることだが、「祈る」とは、その何者かの声を聞くことだという。何者か、とは死者のことだろう。筆者はその声を聞くことができたからそう断言できる。
でも私にはまだ聞こえない。聞かせてくれ、と念じることは、祈りではなく願いになってしまう。どうしたら聞くことができるのか。
「あなたに出会えてよかった」と、心のなかで語りかけつづけることで、何かが変わっていくと筆者は記す。
そんなような気はする。そうあってほしいと思う。
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▽4 祈ることと、願うことは違う。願うとは、自らが欲することを何者かに訴えることだが、祈るとは、むしろ、その何者かの声を聞くことのように思われる。
(聞こえてこい、聞かせてくれ、と思う。でもそれはけっきょく願うことになってしまっているのか〓)
▽11 独り悲しむとき人は、時空を超えて広く、深く、他者とつながる。そうした悲しみの秘儀ともいうべき出来事を宮沢賢治は、生き、詩に刻んだ。
…出会った意味を本当に味わうのは、その人とまみえることができなくなってからなのかもしれない。
…あなたに出会えてよかったと伝えることから始めてみる。目の前にいなくてもよい。ただ、心のなかでそう語りかけるだけで、何かが変わり始めるのを感じるだろう。〓
▽14 ある絵の前で呆然と立ち尽くす。一本の樹木に魅せられることもあるかも…他の人は何事もなかったように傍らに通り過ぎてゆく。人生を変えるような大きな出来事が起こっていても、周囲はそれに気がつかない。
▽17 内なる詩人はこう語る。見えないから不確かなのではない。見えないからこそ、いっそう確かなのだ。
▽26 愛するとは、それが何であるかを断定しないまま、しかし、そこに語りえない意味を感じ続ける営みだとは言えないだろうか。誰かを愛しつづけているとき、私たちはその人と生きることの、尽きることない意味を日々、発見しているのではないか。この人を愛している。でも、この人がどんな人が一言でいうことはできない、そう感じるのではないだろうか。(〓発見しつづけている間はつづいているということか)
▽42 どんな 微細な光をも 捉える 眼を養うための くらやみ
(〓今が?)
暗闇は、光が失われた状態ではなく、その顕現を準備しているというのだろう。人は、闇においてもっとも鋭敏に光を感じる。
▽48 原民喜の一節との出会い。2010年に妻を喪い、悲しみに押しつぶされようになりながらもすでに涙は出なくなっていた。この言葉に出会う前と後では世界が違って見える。今では、悲しみとは絶望に同伴するものではなく、それでもなお生きようとする勇気と希望の証しであるように感じる。悲しみを通じてしか見えてこないものが、この世には存在する。
▽54 信仰とは頭で考えることではなく、生きてみることではないだろうか。知ることではなく、歩いてみることではないだろうか。〓
…宗教は考えて理解するものではなく、行為として生きて体得するものです。…人は二つの道を同時に考えることはできても、同時に歩むことは決してできません。
…人生の意味は、生きてみなくては分からない。素朴なことだが、私たちはしばしば、このことを忘れ、頭だけで考え、時に絶望してはいないだろうか。〓〓
▽60 死の床にある人、絶望の底にある人を救うことができるのは、医療ではなくて言葉である。宗教でもなくて、言葉である。
「内語」は…見過ごしがちなのは、あまりに素朴な姿をしているからだ。
やわらかな日の光にふれ、小さな呼吸をする。全身を小さな力が貫く。そのとき私たちは今日も生きてみようと内なる言葉で自らに語りかけている。覚悟とは常に、簡単明瞭な、だが強靱な内語との邂逅なのではないだろう。
(甘ったれ梅、ウグイス〓まさに小さな力が涙となって貫いたような感覚だった)
▽64 上原専禄(西洋史・平和運動) 晩年妻利子を病で喪う。彼は、自分が経験したのは、妻との別離ではなく、死者との新しい邂逅だったと書いている。死者と生きる彼に、歴史は、不動の過去の事実ではなく、生ける実在となった。
語ることを奪われたまま死に、歴史の世界の住民となった人たちがいる。歴史家とは、そうした人々の沈黙の声に新たな生命の息吹を吹き込む役割を担う者の呼び名だと、彼は感じるようになった。
▽74 須賀敦子 伴侶を喪い、「聞きたかったことも伝えたかったことも無数にあって、どうしたらよいか分からなくなる」と吐露すると、じっと黙って聞いていた川端は…「まるで周囲の森にむかっていいきかせるように」して、「それが小説なんだ。そこから小説がはじまるんです」。
のちに川端の一言は彼女を救うことになる。須賀にとって書くとは「霧の向こうの世界」にいる人々への手紙になっていったのだった。
▽78 石牟礼道子の本。
▽91 古今和歌集
声をだに聞かで別るる魂よりも亡き床に寝む君ぞかなしき
夫が遠くにあるとき、病に襲われて亡くなろうとしている妻が詠んだ。「あなたの声を聞くことができずに逝こうとしている私よりも、私が逝ったあと、夜、独り寝るあなたの悲しみの方がよほど耐え難いだろう」と。
…かつて歌は、死者の心にも届くと信じられた。歌を詠むとは、自らの心の深みにふれようとする行いであると共に、もうひとつの世界をかいま見ようとする悲願の営みでもあった。
▽98 人間の耳にこそ聞こえないけれども、ある不思議な声が、音なき声が、虚空を吹き渡り、宇宙を貫流している。
…コトバが心に届くとき、人は何かに抱きしめられたように感じる。その感触は忘れられることはあっても、生涯消えることはないのである。
▽102 人間は孤独を摑んでからでなければ真の生活をはじめえないことを自分は真に感ずるものである。
人が真に他者と出会うのも孤独を生きる道程においてだという。孤独の経験は、他者と結びつく契機となる。
…孤独とは、人類としての自分と自然との意志の調和を本当に感じることである。自然が人類として自分を生んだという真正の自覚が孤独である。
…逝きし者をめぐる孤独は、不在の経験ではない。それは、ふれ得ないことへの嘆きである。…姿が見えないから、一層近くにその人を強く認識することはある。この不思議な事象を喚起する働きを人は、永く、情愛と呼んできた。…
孤独は、悲嘆に始まる経験であると同時にそれは、生きる力をもたらし、深みから私たちの人生を祝福するというのである。
▽108 悲しみのなかにそのパンを食したることなき人は、
真夜中を泣きつつ過ごし、
早く朝になれと待ちわびたることなき人は、
ああ汝天界の神々よ、この人はいまだ汝を知らざるなり
(原文はゲーテだが、訳文は鈴木大拙)
▽112 河合隼雄 「かなしみ」は、悲嘆に人間をしばりつけるのではなく、かえって、それまで感じることのできなかった、隠れた喜びや愉しみを見だすためのかけがえのない契機になる…
この経験を深めることこそが、他者とふれあう場所へと私たちを導くというのである。「かなしみ」が人間の心をつなぐ。それが河合の確信だった。
▽115 ふと口走ったとき、それを聞いた人から、まるで詩人だね、とからかうように言われたことはないだろうか。(〓)
…詩の言葉に動かされるのは、私たちの心のなかにも別な姿をした詩情が生きているからだ。
詩を読みながら私たちは、自分のなかに言葉になり得ない想いがあることをはっきりと認識する。また詩は、生者と生者だけでなく、生者と逝った者との間をも取り結ぶ。
▽121 誰かをいつくしむことは、いつも悲しみを育むことになる。そう思う相手を喪うことが、たえがたいほどの悲痛の経験になるからだ。相手を深く思えば思うほど、訪れる悲しみも深くなる。
▽124 岡倉天心「茶の本」 わが国の伝説によると、始めて花を生けたのは昔の仏教徒であるという。彼らは生物に対する限りなき心やりのあまり、暴風に散らされた花を集めて、それを水おけに入れた(平等寺は水のなかに花を浮かべていた〓、生け花の原点?)
…愛する気持ちを胸に宿したとき、私たちが手にしているのは悲しみの種子である。日々、情愛という水が注がれ、ついに美しい花が咲く。
悲しみの花はけっして枯れない。それを潤すのは私たちの心を流れる涙だからだ。生きるとは、自らの心のなかに一輪の悲しみの花を育てることなのかもしれない。
▽129 (みずからの妻の最期を記す。)夫は妻の横で寝た。幾度か顔をさわってみたが、つめたく動かない。話しかけても応答はない。なぜか涙が出なかった。(どうだったっけ? あの晩)…
愛し、そして喪ったということは、いちども愛したことがないよりも、よいことなのだ。(テニスン、神谷美恵子訳)
本当なのだろう。今はこの詩人のうめきもよくわかる。
▽133 心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ
無心とは、心がなくなってしまったことを指すのではない。私心が極限まで無化された状態にほかならない。それは、創造の力にあふれた「無」の世界でもある。
見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ
花も紅葉もないというのに、私たちの心には花も紅葉も色鮮やかに浮かび上がる。それは、生きている希望などない、と叫んだ瞬間、かえって生の意味を、はっきり感じるのに似ている。意識では絶望を感じていても無心は、わずかに差し込む光を見逃さない。(〓感じる、かどうかはわからないけど、考える、のはたしかだ)
…(悲嘆のとき)世界は、闇に覆われてたわけではなかった。直面していたのはむしろ、色が消えゆく経験だった。色が、「色なき色」へと姿を変えるのである。
「色なき色」の世界では、従来の価値が逆転する。弱者と呼ばれる存在の魂には、消えることのない勇気の炎があることが明らかにされる。そこではもう、悲しみも単に忌む対象ではない。むしろ、生の意味を高らかに告げ知らせる契機となる。別れは新しき出会いのはじまりになる。〓
▽142 忘れがたい人生の瞬間… 伝えようと言葉を口にした途端に、輝いていた出来事も凡庸な事象にすりかわってしまう。内なる世界ではほとんど聖なる出来事のように感じられることも、語り始めると光が消えてしまう。
…だが、あるとき、もしかしたらあの出来事は、語ることではなく、書くことを求めているのかもしれない、との想いが去来した。
…人は、書くことで自分が何を想っているのかを発見するのではないか。
…歓喜にあふれた悲しみを経験したことがある。
すでに逝き、もう二度とその姿を認識することができないと思っていた人の存在を、悲しみのなかに見だしたとき、そう感じた。…悲しみのなかに生きている、そうはっきり書き得たとき、歓びと悲しみは、同じ心情の二つの顔であることを知った。
…心の奥にあって、いつも無音の声で語る、私の魂は、もっとも耐えがたい、別離の出来事を書けと強く促す。お前が探し求めていた本当の歓びは、悲しみの彼方にあったことを想い出せと、細く静かな声で語りかける。
…人は誰も、避けがたく訪れる暗闇の時を明るく照らし出す言葉を、わが身に宿している。そして、その言葉を書くことで、世に生みだすことができるのは自分自身だけなのである。
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