5月 082006
 

市のホームページに、市長宛にメールで要望を
伝えるコーナーがある。
そこで大学生がサカクモまちづくりについて、
「市民が主体のまちづくり、と市長は言うが、
市長が市民に求める姿はどのようなものですか?
明確なビジョンを示し導くことを強く要求します」
 と載っていた。


「奴隷根性」という言葉が思い浮かんだ。
自分たちが「主体」であるなら、「あるべき姿を示せ」、
というのは矛盾している。
そのことを大学生にもなってわからないのだろうか。
とはいっても私だって大学生だったら、彼と同じ質問を
したかもしれない。純粋に、熱心に。

でも少なくとも私が学生の時は、行政や社会と近づく
機会がなかった。学校は「聖域」だった。
今はとても無防備に学校や学生が行政に近づきすぎていると思う。
「強制はしない」と説明する「悪意のない」行政に、
自発的に参加する「善意ある」人たち。
疑うことは悪いこと、みたいな空気にならないだろうか。

 Posted by at 7:14 午前

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