8月 282009
 

10908doshuse2
財源についていえば、「市民税」でまかなう覚悟があるならともかく、交付税で分配する限り、配分(役所は財源の「獲得」というけど)を巡って意味のない競争がよりひどくなると思う。
自治体間競争が激しくなるほど国がより統制力を持つことになるだろう。
「競争」によってうまれる地域間格差についてもノータッチ。
財源のない地方にはゴミ処分場や原発など、「迷惑施設」を「誘致」すればいい、ってか?
自治体が広域になれば首長はより大きな「権限」を持つことになる。そのうえ、「脱官僚」で霞ヶ関からの口出しがまったく無くなってしまって大丈夫なのか。
新銀行東京を破綻させ、築地の魚市場移転やオリンピック誘致までしちゃう東京都の「将軍様」を住民や議会はコントロールできる(できた)のか。
国の借金が地方に「公平に」振り分けられる可能性もある。

「分権」の内容も知らされておらず、橋本大阪府知事の「ゴールを先に決めろ」の言葉通り、議論は「この国のかたち」ばかりで、「住民主体」とはほどとおい。
かといって、いちいち重要事項を「住民投票」ってことになってもねー……。
「多数決」とか「民意」が一番ヤバい今日この頃。
先日、住基ネットへの登録をしていない矢祭町が国から勧告を受けていた。
本当に「地方自治」というならこういうことも、自治体の判断に任せればいいと思う。
また、平和を訴えていた長崎市の伊藤前市長が命を落としてしまったことも私は忘れることが出来ない。
「自由」や「平和」を個人が口にするだけで、「世論」が反発し、大きな力をもってして(時に暴力的に)封じ込める手段がまかり通ってしまう今の世の中で、まして少数の生き方を尊重したり、弱い者の立場を思いやることができるか、はなはだ疑問だ。
「地方分権」とこれらのことを私は分けて考えることが出来ない。

 Posted by at 12:00 午前

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