8月 292010
 

民主総裁選

小沢サンが総裁選に出るのだとか。
内輪モメしてる場合か?
てか、小沢サン、総理になりたかったんだぁ~。
総理のイスを争うことが政治の目的になってしまう今の状態。
これって「紅天女」の役をめぐってえんえんとストーリーが進まない「ガラスの仮面」みたい。
いや、「ガラスの仮面」だって展開してるらしいゾ!

 Posted by at 9:03 午前
8月 272010
 

テンコー論
昼寝をしていたらゴローがひょっこり帰ってきた。
「なにしとったんや?」
「昼寝…。てか、本読んでたらいつのまにか…。」
「なに読んでたんや?」
「鶴見俊輔!デューイだとかパースだとかメタフィジカルなんとかとか、読んでたら、本が落ちてきた。」
「鶴見俊輔でも一番簡単なやつやんか。ウチにあるから『転向論』くらい読め!」
「テンコー…?」
「字がちゃうワ!」

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8月 242010
 

ヌキチ ムエキチ

 Qセンセイが新しく出した本を送ってくださった。
 「庄屋抜地事件と無役地事件」(創風社出版)というタイトルを見て、
まず、「抜地」「無役地」の意味が分からなくて、分厚い本を前に妄想…。
 Qセンセイの10年のライフワークを、一瞬にしてムダにしてしまうおいらでした。
(マジメに読みます。すみません…。)

 Posted by at 9:57 午前
8月 222010
 

121歳 

 いしかわやさんにお魚を買いにいくと、大将もお疲れモードなのか、アジの「3枚おろし」を頼んだら、
「あっ!すいません!『2枚おろし』にしてしまいました!」。
 ジャスコではレジのオバサンに、
「121歳のお返しです」
 と釣り銭を渡される。
 全国で100歳以上の人が実在しないケースが毎日報道されているとはいえ…。

 Posted by at 9:55 午前
8月 202010
 

ドルジ水着

夏休みを隠岐で過ごすことに。
西郷の宿に荷物だけ置いて、宿から4kmほど先の塩浜へ泳ぎに行く。
夕食前に体を動かしておこう!
今年買ったアディダスの競泳用水着を初披露!
すると、どこかで見たような…。
謹慎中にサッカーに興じる「ドルジ」ぢゃないか!?
スポーツブランドでもそれはそれでハマってしまうなんて…。

翌日、「ドルジ」返上のため、60kmの海岸沿いを自転車で走ることにした。
猛暑で死者も出ているこの夏、炎天下に自転車で回っている人はさすがにいなかったけど、このまま「ドルジ」を放置することはできない。
畑仕事中の地元のオバチャンたちも、私たちをあきれたように見ていた。
上り坂のしんどいところが3カ所ほどあって、
さすがに2度とやるもんか!と思ったけど、
ドライブでは分からない景色が自転車だと感じることができる。
そしてなにより体を動かした後のビールはうまいっ!!
毎日カッパカッパ飲んで、おいしい魚料理を食べて、「ドルジ返上」どころか、ますます「ドルジ」状態に。

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8月 182010
 

ドルジ種まき

また今年もそば畑のオーナーになった。
「農家のオバチャンが作るおにぎりや野菜が食べられるよ」と、
そばの種撒きイベントにウサ子をエサで誘う。
畑で種をまいていると、主催者のおにいさんが写真を撮ってくれるという。
私とウサ子は調子に乗って、「土俵入り」のように種を撒いた。
帰り際に渡された写真を見ると、私の二の腕にくわえ、
ウエストポーチの位置が絶妙に悪く、「パンツ」をはいてるみたい。
「なんかモンゴルウランバートル出身…みたい…」と私。
「ドルジ?」と遠慮がちにウサ子。
写真をゴローに見せ、ウサ子に「ドルジ」と言われた、と報告するといたく気に入り、以来一日何度も私のことを
「ドルジ~!」「おい、ドル子!」「ドル~」と呼ぶように…。
仕舞いには、
♪ドルジ~ドルジ~モンゴルの勇者ァ~
と、サビだけのデタラメソング(タイトル「草原の勇者」)を自作自演。
なんか定着しそうなイヤ~な予感…。

 Posted by at 7:51 午前
8月 162010
 

アキオ5

手紙をお棺に入れて欲しい、と言うと、姪っ子で県議のエツ子さんが、
「弔辞として読んで」と気遣ってくれる。
過分な申し出にただ、恐縮というか、困ってしまった。
断るべきだと思ってたけど、ご親族が「そうしてあげて」と言ってくださるので、これ以上固持するのも…と、初めて「弔辞」を読むことに…。

葬儀場では私の席が用意されている。
まわりは「アキオ」の会社時代の知り合いが。
銀行マンらしく、みなさん身なりが板に付いてる。
新聞で見たことのある人もちらほら。
祭壇も立派。供花も企業やエライさんの名前がズラリ。
お坊さんもいかにも位の高そうな人。
「アキオ」がボンボンで、エリートだったことがわかる。
そんな所で私は明らかに場違い。
でも、私みたいな「場違い」がいてこそ、アキオさんの人柄も表れるものだろう。

葬儀が終わり、アキオさんを見送って、3歳年上のお兄さんにあいさつした。
アキオにそっくりなお兄さんは、アキオにそっくりな声で
アキオのマネをして、「ご主人によろしく」と、おどけた。
サバけた感じが家風にあるのだろう。
お兄さんもすごく悲しいはずなのに、 「そっくりですね」というと
「そうですか」と、うれしそうに笑っていた。

タケ子、バンバン、ナカノ夫妻と集まった。
バンバンは私に歩み寄り涙目で
「弔辞、良かったよ。ボクの時も読んで!」と言う。
「うん。わかった。あんなことやこんなこともバラしていい?」と聞くと
「ええっ!?」とのけぞる。
「じゃあ過去の歴史を美化した方がいい?」
「うん!ちょっと修正してっ!」
歴史教科書問題に関わりながら、自らの歴史認識は修正・美化。
妻に「年齢的につぎはアナタよ」と「宣告」され、「グゥ」の音もでないマサアキ氏といい、
現実はどうしようもなく悲しいけれど、こうやって「死」を身近に分かち合えることができるのがなぐさめだ。

行けばいつでもそこにいて、たしなめてくれる人を私はまた一人、失った。

 Posted by at 9:32 午前
8月 152010
 

アキオ4

そういえば2005年5月。
教科書オジサン達と韓国の市民団体との交流会について、打ち合わせをしていたときのことだ。
ニシハラさんがみんなの話を遮り、
「そういえば、アキオさんの名前が新聞の死亡欄に載っとったぞ」。
アキオの姪っ子の県議エツ子は、
「うそっ!叔父が?!聞いてないよ!!」と取り乱す。
私もにわかには信じられなかった。
翌日、ロープウエイ街を歩いていると東雲神社の方からアキオが歩いてくる。
「あ!アキオさんだ!生きてるっ!!」
「なんじゃ?『生きてる』って!」
「だってニシハラさんが死亡欄に載ってたって…。」
「生きとるわ!」
「ホンマや。足もちゃんとある」
「あるに決まっとるわ! 人をユーレイみたく言うな! 足がないんは短足のニシハラさんの方ぞ!」

アキオさんの訃報を聞いて、5年前のこの「事件」を思い出した。
今度も「死亡説」であってほしい。なのに通夜や葬儀の場所の連絡が入る。
「アキオさん、今度は手が込んでるよ…」と思いながら、支度をした。 (つづく)

 Posted by at 12:00 午前