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エルサルバドル88 アカフトラ

 グアテマラの古都アンティグアでスペイン語を1カ月ほど習っているうちに、午前中スペイン語学校、午後はカフェで読書、夕方はインディオの村や市場を歩くという生活に焦りを感じてきた。 「こんなのんびりと暮らすために中米まで来たんじゃない」  自分のなかの声がだんだん高まってくる。
 グアテマラにもゲリラがいるとは知っていたが、エルサルバドルやニカラグアには遠くおよばないと思っていた。  アンティグアの日本食レストランZENのオーナー・ユキさんらがバカンスで滞在しているアカフトラという町に行くことに決めた。グアテマラ国境に近い港町である。  ローカルバスを乗り継いで約5時間で国境。  布教活動帰りの宗教家の一家のトラックの荷台に乗せてもらい、さらに1時間。 森のなかに時折あらわれる草原で牛が寝そべり、野菜かごを頭上にのせたおばさんが炎天下をゆったり歩く。 「着いたよ」と降ろされた道の両側には、店先にテーブルとイスを出した食堂やバーがならんでいる。  左手から波音が絶え間なく聞こえる。  メルレーヌという名の2ドルの安宿に入る。むきだしのコンクリートの壁にパイプベッドだが、ダニはいなさそうだ。  庭にある水シャワーで汗を流し、30メートルほど歩くと太平洋である。砂浜に寝そべる。 はるか西の水平線に日が沈み、真っ赤に染まった空が次第に色を失う。 日本は水平線のそのまた何百倍も向こうで朝の太陽を浴びているのだ。  「なんのためにここまで来たのかなあ」と思う。 「戦争の国を見たい」とか「革命を見てみたい」と他人には説明した。だが本当に見たいのか? 俺が中米の戦争を見たからといってだれの役に立つわけではないのに……。  波が荒い。海につかるとパンツのなかまで砂だらけになる。  ベッドに横になっていたら、バスンバスンという扉をたたく音がした。ユキさんがバーに誘いにきたのだ。  道端に並べたイスにすわる。海老や蟹、魚などを煮込んだスープが、プラスチックの洗面器のような容器に山盛りになって出てくる。 北国の海産物のような繊細な味わいはないが、たかだか400円で、蟹を腹いっぱい食べられるのはうれしい。  派手なシャツを着た女の子が集まってくる。 船員相手に売春をしている子たちは、今は大きな船が入港していないからひまなのだ。 「ジュースおごってくれる?」  隣に座ってしなだれかかる。どう対処していいかわからない。 「私とちょっと歩かない?」などと誘われるのにおよんで、 「今日は疲れた、眠いよ」と口にした。 と、態度が急に冷たくなり、間もなく席を立った。  長期旅行者のウミさんはあきれて言った。 「童貞なの?、それとも生涯一穴主義?。そんなもん大事にしても仕方ないよ」  彼は学生時代、女子大の前でナンパし、2人に1人はひっかけたという。 そのくせ、ニーチェやらランボーやら小林秀男やらを読破し、フィリピンの僻地に家を借りて住みこんだ経験もあるというからうらやましい、というか、ねたましい。  ユキさんとウミさんは新たに東洋系の顔つきの女の子をつれてきて、無理やり僕の横にすわらせる。 好みのタイプではある。名前はグロリア、18歳だ。 「女遊びくらいは慣れようよ。肩の力とか、人間の角を取らなきゃだめだよ」  そう言って、ユキさんは僕の手をつかみ、彼女太ももの上に乗せる。「そんなもんかな」とは思う。  しばらくビールを飲んでいると、また2人がせっつく。 「ここまできたら一緒にホテルに行くもんだよ。ショートだったらたった50コロン(9ドル)だし、何もしなかったら金だって払わなくてもいいんだから」  しかたない。 「バモス(行こう)」と彼女の手を引いた。  だが、部屋に入って困った。ベッドで隣りあってすわって、肩を抱いて、あとは手持ちぶさたで、 緊張をまぎらすために彼女の暮らしについて質問を浴びせる。 「…ニューヨークに兄弟やおじがいて、働きにいきたい。サンサルバドル出身だが、家族はバラバラで両親もいない…」  両親のことを尋ねると悲しそうな顔をして黙りこんでしまう。 「アカフトラにも友だちはいるけど、ただ話ををするだけ。サンサルバドルの友だちに会いたいわ……」  パチンパチンと雨粒がトタンの屋根をたたく。そのうち、パラバリパラパラとやかましい音を立てはじめる。 「英語の勉強をしたいんだけど、機会がないの」 「僕が英語を教えてあげるよ」 「じゃあ、私がスペイン語を教えてあげる」  翌日会う約束をして、彼女は部屋を出ていった。 「こんなことでいいのかなあ」  ため息が出る。女の子1人抱くことができない勇気のなさが情けなかった。  翌日、彼女は約束の12時を1時間すぎてもあらわれなかった。 ほかの子たちに海水浴に誘われたが「約束があるから」と断った。 「来るわけないのに」という顔をして彼女らは行ってしまった。  さらに1時間、宿の庭のハンモックで寝転んで待った。 「韓国船が入港し、人気者の彼女はそちらで新しい客を見つけて彼のところに入りびたっている」  と、ほかの女の子が教えてくれた。  あとで聞くと、僕が真剣に彼女を待っているのを目撃した女の子たちは、 「彼って童貞なんじゃない?」とユキさんに話して、大笑いしていたという。  しかもその女性たちのなかに、くだんのグロリアもいたというのだから腹立たしい。(1988/6)

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コメント

翌年行きました。たぶん同じ宿。その時は日本人が複数いて、外国船の入港もなく和気藹々な光景だった。子供達のジュース奢れはお金を貰う口実だったかと。小さい女の子の無邪気さをからかいながら夜の女との垣根の低さに少し暗澹としたり。それでも彼女らの屈託の無さと商売の後ろめたさの無さ、金に貧してなければ口説きの上手下手で客を選ぶラテン気質。その反面家からあまり出ないで日の当たらない暗い部屋の中咳き込む老人達。学校に行ける子と行けない子。シンナーや痲薬。Mishimaが好きだという米人gaye-pedoに分かって乍らも金欲しさに被害に遭う少年達。アンタはDragしちゃだめとシャワー中にいつも笑いながら注意する宿の若妻は、港で漁師から200円ぐらいで買ってきたマグロ一本を持参した醤油で刺身にして舌鼓。それを猫しか食わないと気持ち悪げに見られ残りを本当に猫に上げてたり。そんな日がな一日の終わりは夜の海で波音を聞きながら何も考えずに寝転がる。遠くからはBarでの流しの音楽が聞こえちょっとした至福のときだった。南米から戻り再び訪れると丁度内戦、首都で乗ったアカフトラ行きバスが最後だったらしくそのまま一泊してたら市街戦に巻き込まれるところだった。当然アカフトラでも夜間外出禁止。なんとか一週間後白旗を掲げる車列の中グアテマラに脱出。再入国したとき物珍しげに声を掛けてきた多くの地元民達を思いまた暗澹としながら。

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